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(英語のみ)
尺八はおそらく8世紀に渡来したと思われます。ある人は、聖徳太子が尺八を吹いていたと伝えていますが、その情報源は13世紀のもので、歴史的な証拠にはなれません。
8世紀から9世紀の半ばにかけて、雅楽の中に使われていました。それから、田楽や猿楽にも使われるようになり、少なくとも17世紀まではいろいろな音楽に使われていたようです。
16世紀のはじめ、「体源抄」という雅楽に関する書物が出版されました。その中は、田楽の人々は尺八が田楽の楽器であると主張しているけれども、実は雅楽の楽器である、というような事が書いてあります。
17世紀の後半、1677年に、一部の浪人が臨済宗の一派として、のちに「普化宗」と名付けられる宗派を認めるように幕府に申し出て、公認を受けました。これは、いわゆる虚無僧尺八のはじまりだったと思われます。
「普化宗」という宗派は、名称どおり、臨剤と同時同地で活躍していた普化禅師のことをさしています。この普化は「臨剤録」にも現われます。
また、普化宗の浪人坊主たちが法燈国師の名を借りて、尺八の由来の伝説をたてたようです。
法燈国師は1251年から中国に渡り、禅を学んでいました。1254年に日本に帰ってきたさい、いわゆる「普化尺八」の伝統を持ってきたという伝説があります。これは、20世紀の研究によれば作り話のようです。
尺八は法器、すなわち仏教の仏具、と公認され、一般の人が使ってはいけないという法律がありました。しかし、法器尺八であっても、直接、お経や仏教の書物との関係はまったくありません。
しかし、「禅尺八」・「普化尺八」などを実際やっている方々によれば、いわゆる吹禅をすることによって、瞑想的な状態にたどりつき、そこから悟りをひらく、という順序のようです。
私自身、17世紀から、尺八が法器でなくなった1871年までの間にできた音楽は、まさしく瞑想的です。すばらしい音楽だと思います。そこから、正式に禅宗との関係はなさそうです。
私の尺八サイト www.shakuhachi.bz
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演奏や指南の情報、CDからのサンプルなどもあります。現在は主に海外で活動していますので、まず英語のページと思いました。しかし、将来は日本語のページも作りたいと思います。